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2022.11.11

「ラジオは想像力を育ててくれるメディア」山添まりが語る ラジオ愛、スピーカー愛、ユーミン愛。“スピーカーでラジオを聴こう”キャンペーン インタビュー


「Takara Leben Group presents 民放ラジオ99局“スピーカーでラジオを聴こう”キャンペーン WE LOVE RADIO松任谷由実 50th ANNIVERSARY~日本中、ユーミンに包まれたなら~」。

ラジオをスピーカーで楽しむライフスタイルを提案していく本キャンペーンでは、豊かなラジオ体験を持つ著名人にインタビュー。今回はFM802で第1回DJオーディションに合格後、30年以上も番組を担当。現在はFM COCOLOでDJを務めている山添まりさん。ラジオとの出会い、音楽好きならではのスピーカー愛、ユーミンとの縁を感じるエピソードを聞きました。

小学生の頃からラジオっ子

――ラジオを聴き始めたのはいつ頃からですか?

山添:本当に小さい頃からラジオが大好きで、ラジオっ子だと自負しております(笑)。小学校の高学年くらいから、かまやつひろしさんの番組など深夜放送を親に隠れて聴いていました。

洋楽を好きになり始めた中学時代は、湯川れい子さんがDJを務めていたラジオ関東(現ラジオ日本)の『全米トップ40』がお気に入りでした。アメリカのヒットチャートを紹介する番組です。毎週放送を聴きながら、必死で大学ノートにランキングの動向を書き取っていましたね。

ラジオ・音楽好きには欠かせないスピーカー

――現在はどんな時にラジオを聴いているのでしょう。

山添:家の中ではキッチンで料理をしながら聴くことが多いですね。小さなスピーカーからラジオを流したり、ワイヤレスイヤホンで聴いたりしています。外では電車での移動中などでしょうか。空いた時間にradikoのタイムフリー機能を利用して聴いたりもしていますね。

昔はラジオの前に正座して、スピーカーカバーの穴を数えるくらい近くに寄って聴いていました(笑)今はいつでもどこでも聴けるのでラクになりましたよね(笑)実は昔からスピーカーでラジオや音楽を聴くのが好きだったんですよ。高校合格のご褒美には当時流行っていたコンポをおねだり。別売りのONKYOの大きなスピーカーも買ってもらいました。

――音楽好きならではのプレゼントチョイスですね(笑)

山添:当時音楽が好きな人は大きなスピーカーで聴いていたんですよ。音もいいし、安定感もあるし、体に響く。そして、なによりスピーカーはカッコイイから大好き(笑)今もラジオ番組でかける曲を選ぶ際にスピーカーは重宝していますね。

それと、ラジオをスピーカーで聴くと、よりパーソナリティの存在が近く感じられるような気もします。若い世代の方も小さいサイズのものでいいので、スピーカーでラジオや音楽を楽しんでほしいですね。

学生時代にラジオレポーターデビュー

――ラジオと音楽好きが現在のお仕事にもつながっていますね。

山添:そうですね。ラジオのお仕事との最初の出会いは18歳か19歳の頃ですね。大好きだった『全米トップ40』スタッフ制作の新番組が始まるにあたってレポーターを募集していたんです。そのレポーターオーディションに合格して都内のレコードショップを回ったり、生放送に出してもらったりしていました。それが初めてのラジオの仕事ですね。

――それからずっとラジオのお仕事を?

山添:普通のOLになりたくて、OLになってラジオのお仕事を一度離れました。でも、まだ自分の中にラジオへの興味があったんですね。結婚をきっかけに関西へ来たとき、ちょうどFM802ができた頃でした。

ラジオ局の制作スタッフになりたかったのですが、DJしか募集がなかったんですね。そこで思い切って第1回オーディションを受けて合格しました。OL時代を経て、またこの業界に帰ってきたという感じです。

ユーミンラジオの熱心なリスナーだった

――本キャンペーンアンバサダーの松任谷由実さんとゆかりがあるそうですね。

山添:由実さんとはFM802に入ってすぐの頃からですので、お会いしてから30年ほどになります。大阪でキャンペーンをされるときによくゲストで番組にいらしていました。それからライブに行って楽屋挨拶をさせていただいたりとか、要所要所でお会いしていますね。

由実さんとは勝手にご縁があると思っていまして…。昔からファンではもちろんあるんですが、ずっと由実さんのラジオを聴いていたんです。ニッポン放送の『松任谷由実のオールナイトニッポン』と当時はTOKYO FMの『松任谷由実サウンドアドベンチャー』も聴いていました。由実さんに何度かはがきを読んでもらったこともあるんですよ。

――初めてお会いした日のことを憶えていますか?

山添:もちろんです。熱心なラジオリスナーだった私にとって由実さんは神のような存在だったんですね。初めてお会いしたときには緊張の度合いは最高潮に達していました。水も飲めないくらいでしたね。

由実さんに「えーっ?緊張してるの?ぜんぜん見えないわよ(笑)」と言われたことを憶えています。今でもお会いすると緊張しますけどね(笑)ラジオを始めて由実さんとお仕事をいろいろさせていただいて本当に幸せだと思っています。

今でも由実さんがお気に入り 山添さんの「カンナ8号線」エピソード

――由実さんにラジオのリスナーだったことは伝えましたか?

山添:初めてお会いしたときに伝えたと思います。そうしたら、由実さんが「はがきの内容を憶えてるよ」と。社交辞令ではなく、本当に憶えていてくださって感激しましたね。そして、そのはがきのエピソードをいまだにいろんなところで話してくださっているんです。

それは私がリスナーだったOL時代に書いたもので、由実さんのヒット曲「カンナ8号線」にまつわるエピソード。当時私が働いていた東京の環状八号線沿いのオフィスから、歌の中に登場する「カンナの花が燃えてゆれてた 中央分離帯」がちょうど見えたんです。

その頃は中央分離帯の花が季節ごとに植え替えられていました。その花がカンナかどうかはわかりませんでしたけれど…。中央分離帯の植え替え作業をしている方をオフィスからボーッと見ていたという話をはがきに書いて送ったんです。由実さんの大好きな曲はたくさんあるのですが、中でも「カンナ8号線」は私にとって特別な1曲ですね。

“少女っぽさ”が魅力の由実さん

――山添さんから見た由実さんとは?

山添:“少女”のような方ですね。ピュアでかわいらしい人だと思います。普段はかわいらしさや少女っぽさを表面には出さないですよ(笑)でも、お話をしているとよく感じますね。
周りにとても気遣いをされるので、人間としても素晴らしい方だとも思います。

以前、海外の変わったフルーツを由実さんに食べてもらおうという企画をラジオ番組でやったんですね。番組スタッフの男の子がキレイに盛り付けたフルーツを見て、由実さんが「君がこれをむいたの?」と聞いたんです。驚きながらも、喜んで食べてくれた由実さんのリアクションが正直でかわいかった(笑)あの瞬間は今でも忘れられませんね。

ラジオがいつでもどこでも楽しめるメディアに

――ラジオがより楽しみやすい時代になりましたね。

山添:ラジオを聴くために重ねた努力や苦労は今ではいい思い出になっています。ラジオを聴き始めた頃は、新潟に住んでいてラジオのチューニングを1ミリずつ合わせて一生懸命聴いていました。夜中になると聴けるラジオ局もあったりしたんですよ(笑)そういう苦労をしてラジオを聴いていた地方出身者の方はラジオ愛がより強いような気もしますね。

今はradikoを使えば、いつでもどこに住んでいてもクリアな音でラジオが聴ける。ラジオリスナーにとって本当にいい時代になりました。ラジオは想像力を育ててくれるメディアだと思っています。だから、私はすごく好きですね。